luckystarpengのブログ・「ふれあい中国」

中国・桂林天元国際旅行社「ふれあい中国」に勤めています。 中国観光にお役立つ情報や中国旅行ブログなど、いろいろ載せさせていただきます(^O^)/

桂林龍井河 隠れの絶好避暑地

 夏真っ盛り、どこかへ避暑することは話題になりました。立秋になりましたが、暑い日がまだ続いています。実は広西には、「龍井河」という山紫水明の避暑地があります。龍井河は自然の氷室のように涼しくて、年中木が繁ていますから、絶好の避暑地と言われています。

 

   

   うねうねしている龍井河は全州県安和鎮にある安らかな村と水田を流れています。水は九寨溝のほど透き通っていますから、ここに来た観光客に「小九寨溝」と称されています。

 

 

  龍井河は三つの特色があります。1つ、は川水が澄んでいて、冬に暖かく、夏に涼しいことです。2つ、は川の中に生えている水草が茂ていることです。3つ、川水の色彩が美しいことです。九寨溝の湖の色とそっくりなので、「小九寨溝」と称されています。

 

 

   木製の架け橋を歩いて、気持ちがよくなります。きれいな龍井河とすがすがしい空気に囲まれて、心も落ち着くようになります。

 

 

   山の奥に行くと、うっそうとしている樹木や、澄んでいる水、川水の流れに揺れている水草など美しい景色が目に入ります。様々な緑が映り合って、まるで自分が桃源郷に入っているようです…

 

 

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ふれあい中国より

東北虎林園今年トラの赤ちゃん70匹以上誕生

   ただいま、今年黒竜江省東北虎林園アムールトラ(東北虎)の繁殖ラッシュがいよいよ終わりに近づく。虎林園の職員によると、今年生まれたトラの赤ちゃんが70匹以上に達し、年末まで百匹に達する見込みだ。

 

   園内に取材した記者により、今年生まれる赤ちゃんは体調が良く、体格もがっしりしており、活発な性格のようだ。

 

   飼育員によると、人工繁殖のアムールトラは特定の時期に成長した後、野生復帰の訓練を受けることになるという。アムールトラとしての野性を保つため、閉鎖的な園内環境にキジやカモなどを捕食する方法を学ぶ必要があるようだ。

 

   黒竜江省東北虎林園劉丹技師長が、虎林園は人工繁殖のアムールトラの良い遺伝子を維持するため、毎年生まれるトラの赤ちゃんの数と質を厳しく控えると述べた。

 

   黒竜江省東北虎林園は横道河子ネコ科動物飼育繁殖センターに属し、1986年に発足した際、種トラが僅か八匹おり、30年にわたる努力の結果、いまアムールトラが千匹以上に達しているという。

 

 

中国旅行|中国観光ツアー・列車チケット|中国旅行代理店(ふれあい中国)

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広西省三江侗族(トン族)自治県2017年の節句(下)

7月、「侗戏の節句」

   「侗戏」とは国家文化遺産に認定されて、俳優たちが侗族の服装を着たり、侗族語でセリフを喋ったり、民族特有な楽器で伴奏したりしてとても楽しいショーの一種です。

 

8月、「油茶の節句」

   油茶は唐の時代から流行って来たものです。椿の油で茶の葉っぱともち米をとろ火でゆったりと炒めて、水を入れて沸かしてから飲みます。お米なども入っているので油茶を定番の朝食としてを現地の人が飲んでいます。

 

油茶を煮る

 

出来上がった美味しそうな油茶

 

9月、「蘆笙の節句」

   蘆笙という民族楽器は普通の笙とは違って、竹で作られたもので、高音と低音の物に分かれています。

 

   お祝いの時に村人が鼓楼という木造建築の前の広場に集まって、奇麗な服装を着ている女性は刺繍したハンカチと派手な傘を手にして、蘆笙のアクトに合わせて楽しく踊ります。

 

 

10月、「重陽南瓜(カボチャ)の節句」

   中国では旧暦の九月九日は敬老の日となっていて、その日にお年寄りのご健康とご幸福を祝います。侗族の人も例外ではなく、同じような習わしが伝わってきています。形のいい、赤いカボチャを選んでからお米と一緒に煮て、できたお粥が美味しいし飲みやすいし、とても栄養高いです。そのため、カボチャのお粥をお年寄りに差し上げるのは優しさと愛の気持ちを表わすことになって、敬老の日となったわけです…

 

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ふれあい中国より

謎の左江花山岩絵

   崇左花山の岩絵景観は2016年7月に世界遺産リストに登録されて、広西チワン族自治区唯一の世界遺産となるほか、中国岩絵世界遺産の空白を補っています。いま花山岩絵というのは主に左江と明江流域のものを指しています。

 

   花山の切り立った崖全体には、様々な赤い人物と物の壁画が見られて、たとえ遠くから見ても、その壁面の赤い跡も見えます。これらの画像の大きさやポーズが違い、武道を学んだり、踊りを踊ったりする岩絵があります。

 

   この岩絵の意味は何なのか、壁面にどう描けたのか、今にも分からないですが、一つしか分からないのは、花山岩絵の顔料は赤鉄鉱を使っているということです。赤鉄鉱を混ぜる顔料の耐久性が高く、何千年経っても褪せないという質なので、今でも壁面の画像もはっきり見えます。

 

   毎年春になると、左江の岸に植えている木綿の赤い花が咲いて、丹色の岩絵と飾り合って、美しい花山景色となっています。

   花山岩絵自体は謎で、その用途も誰も知らないです。花山岩絵は駱越人が戦争勝利を祝うため作られたものか、あるいは社会の繁栄のため天に祈るものかなど、いろいろな説があります。花山を中心にする左江岩絵景観はスケールの大きさにしろ、作り方の難しさにしろ、画像の雄大さにしろ観光客に驚かせて、今でも左江流域に聳えています。

 

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中国旅行|中国観光ツアー・列車チケット|中国旅行代理店(ふれあい中国)

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広西省三江侗族(トン族)自治県2017年の節句(上)

時期:20117年

場所:三江侗族(トン族)自治県の程陽橋八寨

 

   三江侗族自治県は広西チワン族自治区の北部に位置していて、湖南省の西南部と貴州省の東北部に隣接して、総面積が2454平方メートルです。人口が36万で、その内侗族の人口が県の総人口の約56%占めています。全国の七つの侗族自治県の中では三江の侗族人口が一番多いのです。また、侗族を始め、漢族、苗族(ミャオ族)、瑶族(ヤオ族)、チワン族等の民族もこちらに住んでいます。

 

   侗族の木造建築の技が最も高くて、世界中でかなり有名です。程陽橋、岜團橋、馬胖鼓楼は中国の国家文化財に認定されて、大切にされています。

 

程陽橋

 

  三江侗族自治県は一年中いろいろな伝統的行事、祭り、節句等があって、この街を「百節之郷(百種の節句の里)」とも言われています。人気が高いのは「年節」(お正月のこと)、花砲節(旧暦三月三日)と闘牛節(旧暦二月と八月の亥日)です。

 

   2017年1月から12月にかけて、一年中程陽橋八寨と言う所で様々な伝統的な行事が行われます。次のようにご案内します。

 

1月、「刨湯節」

   旧正月が近くなって来ているので、お節料理の準備をしなければならなくて、飼っている豚を殺して内臓でスープを沸かします。腸などの臭さを除くため、程陽酒を入れて、唐辛子、生姜、八角等といった香辛料を入れます。これで作ったスープはとても美味しいそうです。

 

2月、団体結婚式

   花嫁さんは朝早く起きて伝統的民族衣装を着たり、化粧したりしてから、刺繍された布を頭にかけて、予定の時刻通り出迎えに来る花婿さんの到来を待っています。花婿さんが連れてきた連中たちは奇麗に飾った籠を担いできて、花嫁さんはその籠に座ります。また、嫁ぐ道具として、家電用品、生活用品、薫染した豚肉、魚とアヒルの漬物、もち米などの民族料理作りの食材を担いでいきます。花婿さんの宅に帰る途中、爆竹を鳴らしたり、民族楽器を演奏したりして、幸せで楽しい雰囲気が溢れ出します。

 

3月、「侗族大歌」

   「侗族大歌」とは祭りの一つです。女性は奇麗な民族服装を着たり銀製の飾り物を飾ったりして集まってきて、男性たちもきちんとお洒落です。女性はハンカチを手にして派手な傘を持っていて、男性は笙の音に合わせて踊ります。

 

イベントの雰囲気

 

  唱和の歌も歌います。若い男女はその歌を歌いながら、気に入った相手を狙います。狙ったものを恋人にしてこれから付き合いを続けて、結果結婚に定めたものが少なくありません。

 

4月、「坡会節」

   侗族の人だけではなく、隣り合って住んでいる苗族(ミャオ族)、瑶族(ヤオ族)、チワン族の人々も集まりに来てみんなで一緒に歌を歌っとり、踊りをしたり笙を吹いたりします。鶏と鶏に鳥と鳥に順位の争いをさせて、優勝者が褒美を貰えます。賞品には普通家畜と農機具などが挙げられます。

 

5月、「侗耕節」

   5月6日、13日、20日、27日にこの祭りを行うことになっています。

 

   侗耕節とは年に一度、初めての耕しを祝う行事です。朝9時、程陽橋の入口に娘たちは甘いお酒を持っていて、伝統的「迎賓酒(お客さんを迎えるお酒)」の歌を歌いながらお酒をご来訪のお客さんに飲ませてから村に入らせます。お酒を飲んだお客様に限り村に入ることを許してくれます。

 

敬酒の歌

 

迎賓酒

 

   程陽橋に近い岩寨に若い男女が集まってきます。男性は民族楽器の琵琶を弾いたり、女性は歌を歌ったりして唱和の歌を歌います。

 

 

唱和の歌を歌う人達

 

   10時頃に馬鞍寨の田んぼに耕している男性の姿が見えて、女性の姿も目に入ります。女性たちが農具を持って働いている姿は今でも珍しいのですが、五月は田植えの農繁期なので、皆は猫の手も借りたくなるぐらい田んぼで忙しくバタバタ働いています。 

 

耕している農家たち

 

   村人は石のうすでお餅をついて、できたお餅を観光に来られたお客さんに上げることもよくあります。

 

お餅を楽しくついています

 

   15時半頃、集落で歌と踊りを披露する予定があります。

 

   夕食の時間に、馬鞍寨の鼓楼広場では百家宴が用意されています。

 

   百家宴とは侗族の人がお客様を持成す最高な儀礼です。村の人々は各自で作った御馳走を持って来て、ずらりと並んでいる長いテープルの上に置きます。食事が始まってからお互いにお酒を交わして乾杯して、みんなは楽しくお酒を飲んだり食事をしたりします。各家族によって作られた料理なので、観光客は長いテープルの初めから最後まで様々な御馳走を味わうことができて、なんとも言えない珍しくて素晴らしい体験でしょう…

 

 

 

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ふれあい中国より

逍遥楼――桂林千年名楼、桂林城の新名刺

   逍遥楼は唐の時代に築き始めた楼閣で、中国では歴史上に有名な黄鶴楼、藤王閣、岳陽楼と名を並べていて桂林城の名刺となっています。史料によって、唐の武徳四年(621年)から桂林の独秀峰と言う山の麓近く、漓江の西側にある城壁の上に消遥楼を築いたそうです。その後、1千年の間何回も立て直しました。逍遥楼を題字したのは中国で最も有名な書道大先生の顔真卿で、肉筆でその名を石碑に刻して、現在までも桂林の七星公園の普陀山に置いており大事にされています。

 

   また、歴史的な有名人、詩人墨客が桂林まで尋ねに来た時、よく逍遥楼を登っていって、高い展望台から桂林八つ名所の「訾洲煙雨」、「東渡春瀾」、「堯山冬雪」などの感慨無量の素晴らしい眺めを目の下に収めていました。

 

   しかし、第二次世界大戦の頃、空襲で逍遥楼が壊されて結局壊滅となってしまいました。

 

   2014年、桂林市人民政府が予算を作って、唐、宋の時代の逍遥楼のような様式を基にして立て直す工事を始めました。楼閣の高さが23.6メートルで、一階の面積が630平方メートルになっています。2016年6月に修復工事が終わって完工式を無事に行いました。その直後、無料で観光客と一般市民に開放されています。

 

 

   楼閣内に桂林と関係のある歴史資料、写真、石碑の拓本、書画軸などが展示されていて、こちらで桂林の歴史と特有な文化を偲ぶことができるのです…

 

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東西巷——桂林の古町

  「千年の桂林城、隆盛が東西巷にあり」と言う説があります。

 

   約五百年前、明の時代に靖江王と言う藩主は桂林で築城していました。桂林の人々はその城を靖江王府に呼ばれて、城の東西南北にそれぞれ四つの玄関を設置しています。南玄関を正陽門と言って、その門を出ると東の方面と西の方面にはそれぞれ二本の古い通りがあって、東巷と西巷(東西巷)と言われます。

靖江王府の城壁

 

   明の時代から沢山の商人たちはその町に集って、お店がずらりと並んでいてとても賑やかな町となっていました。毎日その町へ参るお客さんも多くて芋を洗うように混んでいて、元気な競り売りの声も響きます。また、桂林では富豪、貴族などのお金持ちたちはこの街で豪邸を建てて、今でも残っているものがあります。東西巷は「桂林で歴史的に唯一残された町の標本」と言われています。

   

   しかし、歳月を経るに従って、建物と街路と街全体がボロボロとなっていて、ここまで来るお客さんがだんだん少なくなって、寂しい町となってしまいました。

 

   2013年、桂林市人民政府は5.5億元投入して、総面積292万平方メートルの建物と街路を修復する工事を開始し、2016年4月に修復工事の完工式が行いました。伝統的な各老舗が相次いで営業を回復して、観光客を含めて毎日この街へ来る人々が後を絶ちません…

 

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